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ヒトラー
ナチスドイツの独裁者ヒトラーの生涯と思想、犯罪、ヒトラー政権下のドイツ、抵抗運動など、ヒトラーに関する研究。
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読書ガイド
 アドルフ・ヒトラーが20世紀最悪の人物であったことは論を待たない。欧州を焦土と化し、500万人とも600万人とも言われるユダヤ人を、ただユダヤ人であるというだけの理由で虐殺した。この人物の所業は余人の想像を絶するものであったため、その人物の存在自体が人々の理解を拒絶していた。とくに、戦争と虐殺が記憶に生々しかった時代には、人々は憎悪の目をもってヒトラーを睨みつけ、極悪、非道の異常性格者とステロタイプに捉えるほかなかった。では、憎悪の眼鏡をはずして見たヒトラーとは、どのような人物で、何をしたのか。ドイツやヨーロッパの歴史にヒトラーを生んだどのような必然性があったのか。60年代以降、この視点に基づいて多くの研究がなされてきた。が、ナチ体制はヒトラー独裁の単頭支配であったか、それとも、多様な権力集団の多頭性支配体制であったかで、研究者の見解は分かれている。
『アドルフ・ヒトラー : 「独裁者」出現の歴史的背景 』(村瀬興雄著、中公新書)は、ヒトラーを天才でもなければ狂人でもなく、ドイツ帝国主義の有能な選手であったがゆえに、エリートにも大衆にも支持されたと結論し、それまでの独裁者像に修正を迫る。著者は1970年代後半当時の最新の研究成果をもとに、まず、「貧困な青少年時代」「異常で凶暴な性格」といった俗説を退け、ヒトラーの虚像を剥ぐことから始める。ヒトラーは比較的裕福な家庭に育ち、優秀で芸術の才能に長け、偏った性格ではあったが強暴なところはなかったし、貧困に苦しんだり苦学したりしたこともなかった。ヒトラーが権力欲の塊であったとする見解も否定し、政治家に転身した当初のヒトラーには宣伝、扇動家としての意識しかなく、ヒトラーは周囲に押し上げられて権力の座についた、という。また、ナチズムが発展した背景には、軍国主義、反西欧主義などドイツの歴史的土壌があったことを指摘し、ドイツの支配階級がその利益のためにヒトラーを利用した側面があったことも明らかにしている。さらに、ユダヤ人の追放と除去を主張した反ユダヤ主義についても、ヒトラー独自のものではなく、大半の人種主義者の主張であったことを指摘し、虐殺について真相は藪の中としながら、状況に押されて関係者のユダヤ人迫害がエスカレートし、ヒトラーもそれに賛成して、指示や命令を与えていたと考えるのが妥当、と著者はみる。
 ヒトラーを中傷しても、ナチズムやそれを育てたドイツ支配勢力は傷つかず、大切なのは、「ドイツ史と近代ヨーロッパ史そのものがナチスを生み、ヒトラーを生んでいる」ことを明確にし、その咎をヒトラー個人の思想や伝記に矮小化してはならない、というのが著者の立場なのである。趣旨に賛同できるが、ユダヤ人虐殺についての記述がほとんどないことは、不可思議である。
『ヒトラーという男 : 史上最大のデマゴーグ』(ハラルト・シュテファン著 ; 滝田毅訳、講談社選書メチエ)は、数々のヒトラー研究の成果をもとにしたヒトラー伝である。史実の認定は『アドルフ・ヒトラー』(村瀬興雄著)と重なるところが多く、ヒトラーについて語られてきたことの何が嘘で、何が事実であったか、ということを知ることができる。著者は村瀬とは立場を異にし、ナチ体制には部分的に多頭的性格はあるが、基本的にはヒトラー主義であったと規定している。
『ヒトラーとユダヤ人』(大澤武男著、講談社現代新書)は、ヒトラーのユダヤ人虐殺に焦点を絞り、ヒトラーのユダヤ人憎悪の根源がどこにあり、どのように発展したかということを明らかにすることを意図して書かれている。が、発展の部分はかなり明確に記述されているものの、根源については謎が多く残る。大澤は『アドルフ・ヒトラー』の村瀬の立場を批判し、ユダヤ人虐殺がヒトラーの主導のもとに行われたことを主張するが、不明な部分を推測によって断定する傾向があることを否定できない。史実の認定についても、多くの研究者が否定している貧困説や近親相姦の落し子といった出生に関する俗説を、それを否定する多くの研究に言及することなく、無批判に認めているなど、疑問が残る記述も多い。
『ナチ・ドイツと言語 : ヒトラー演説から民衆の悪夢まで』(宮田光雄著、岩波新書)は、ナチ時代のドイツの言語に光を当て、その言葉の持つ力とレトリックを解説する。素材はヒトラーの演説から、メディア、教科書、民衆のジョークと多岐に渡る。「独裁者の言語」の章には、「広範な大衆に働きかけ、少数の論点に集中し、同一の事柄をたえずくり返し…」とするヒトラーが公表していた政治宣伝の基本原理が紹介されている。その言語は、メディアに登場する小泉首相の言語と重なって見えて興味深い。「地下の言語」の章には、ナチ政権下で民衆がひそひそ話したであろうヒトラー・ジョークがふんだんに紹介される。たとえば--<ヒトラーユダヤ人説を耳にしたユダヤ人がいう。「そこまで我々に罪をなすりつけるのは正しくない」> <放送塔に登ったヒトラーが、ベルリン市民を喜ばせたい、と言う。それを聞いた側近は、「では、この塔から飛び降りてごらんなさい」> <ヒトラーが精神病院を慰問する。患者は一斉に手を上げて敬礼。が、中に敬礼をしないものがいる。ヒトラーが咎めると、「総統! 私たちは看護人であります。気が狂っているのではありません」>。ガス抜きの側面もあったに違いないが、民衆のしたたかさを思わせるジョーク集である。
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