広告は世相を映す鏡と言われる。名作と言われるコピーは、制作者の意図を超え、時代の空気を象徴する文言として、あるいは時代の代弁者として人々に記憶されている。その意味で広告は一つの文化といえるのである。
『キャッチフレーズの戦後史』(深川英雄著、岩波新書)は、敗戦直後から46年間のヒット広告の中から、時代を代弁したと言えそうなキャッチフレーズを選りすぐって紹介した読み物。戦後から現代までを<復興><家庭電化と消費革命><高度成長><石油ショック・安定・低成長><国際化・成熟化>の五期に区分し、時代背景とその時代の代表的フレーズを綴る。広告業界に身を置いた著者ならではの逸話もふんだんだ。復興期の「世界の聲を聴け」「アメリカ好みの化粧品」「1姫、2太郎、3サンシー」(サンシーは避妊薬)、続く時代の「声のカメラ」(レコーダーのこと)、高度成長期の「大きいことはいいことだ」「オー!モーレツ」「<アンネの日>ときめました」、石油ショックの頃の「じっとガマンの子であった」「せまい日本 そんなに急いで どこへ行く」、国際化が言われバブルに踊った時代の「投げたらアカン」「亭主元気で留守がいい」「くうねるあそぶ」「24時間たたかえますか」--などなど、年配者には日記をめくるような、若年層には文化・生活史を紐解くような面白さがある。
『広告世相史 : コピーの原点をさぐる』(今野信雄著、中公新書)は、タイトルが示すとおり、コピー(宣伝文句)の源流を江戸時代に遡り、広告の歴史を辿る。記述は民放局の開局の頃まで。こちらも教養書というよりは読み物で、広告だけでなく、社会状況や関係者の人物記なども盛り込んでいる。たとえば、コピーの原点は17世紀後半に江戸日本橋に出店した越後屋(現三越)の「引き札」(チラシ)。行商が常識だった時代に越後屋初代の三井高利は、この引き札のアイディアで、大店舗での定価販売によって三井財閥の基礎を築いた、というような話が続く。昔も芸術家が本業だけで食べるのは難しかったのか、あるいは別の理由があってか、江戸・明治期の引き札作者(コピーライター)には、滝沢馬琴、式亭三馬、森鷗外、尾崎紅葉ら文学史に登場する大作家が名を連ねていて興味深い。明治期から戦前の新聞広告の実情も楽しい。新聞初期には、「婿募集」や「禁酒宣言」といった広告まであり、児童図書全集の出版をめぐり争った北原白秋と菊池寛は新聞広告で非難合戦を繰り広げたりしている。
『広告のヒロインたち』(島森路子著、岩波新書)は広告のヒロインから戦後日本の女性史を読み解く。キャッチコピーが時代の代弁者とするなら、広告のヒロインは時代が求め、時代が創造した女性像と言えるだろう。1946年資生堂のポスターの中で笑う原節子は「銃後とモンペから解放され」た「新しい女」を映し、66年資生堂の前田美波里ははっきりとした目鼻立ちに小麦色のグラマラスな肉体で、色白可憐華奢の美人像を粉砕した、といった具合だ。さらに島森は、屈託なくバカで不美人に徹し、美人の概念を変えた研ナオコ(73年ミノルタ)、日本美を再発見させた山口小夜子(74年資生堂)、性の商品化の象徴となったアグネス・ラム(75年ライオン)、理解不能な新しいタイプの女を演じた桃井かおり(78年新潮文庫)、豊満な肉体の美を再認識させた宮崎美子(80年ミノルタ)、キャリアウーマンの現実を見せつけた山口美江(87年フジッコ)、癒し系のシンボルとなった飯島直子(94年コカ・コーラ)--などを取り上げる。ラインナップを見ただけでも、戦後の女性史たりうる。
『黒枠広告物語』(舟越健之輔著、文春新書)は、死亡広告を通してみた近代史。香典を断った福沢諭吉、暗殺された伊藤博文、明治天皇に殉死した乃木大将夫妻、「ぼんやりとした不安」の芥川龍之介…など、歴史に残る人々の様々な死に方と死亡広告の数々。「僕本月本日をもって目出度く死去仕り候」(作家、斉藤緑雨)など「死亡広告の傑作」も紹介されている。マニアックな読み物としては最高の面白さ。『広告人物語』(根本昭二郎著、丸善ライブラリー)は明治期から現代まで、広告界で活躍し、業界に強い影響を与えた人々の物語。
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