善悪、好悪を別にして、アメリカが現代社会において世界で唯一の軍事超大国であり、世界の政治経済に最も大きな影響力を持つ国であることに、異論を挟むことはできない。そのアメリカという国家はどのようにして誕生し、どのような変遷を重ねて現在の姿となったのか、知っておくべきことは多い。
『物語アメリカの歴史 : 超大国の行方』(猿谷要著、中公新書)は、現在アメリカと呼ばれている大陸に人類が最初に到達したと想像される時点を出発点に、20世紀の終わりまでのアメリカ史を総覧する。歴史の教科書のように、政治や経済、文化といったジャンルの出来事を時系列的に並べるのではなく、アメリカ史の専門家である著者が、アメリカの歴史を刻んだ様々な場所に過ごしたり、佇んだりした個人的体験を交えながら、物語風に叙述している。著者は「アメリカは民主主義の理念を具体的に政治に実現させた最初の国である」と、その歴史的役割を高く評価しているが、一方で、先住民やアフリカ系アメリカ人(黒人)などへの差別や虐殺、ベトナムへの侵略などの負の歴史を過小評価することなく、記述者として適度な距離感を保ってアメリカ史を語っている。<世界最大の農産物輸出国であるアメリカの農産物の7分の4は、先住民から栽培法を教わったものである><アメリカ人はいつも、戦争の大義は自分たちの側にあると思っている。そうした気質であるため、戦争でのヒーローが大統領になりやすい>など、アメリカという国を理解するために、知っておきたい史実が満載されている。
『アメリカの20世紀』(有賀夏紀著、中公新書、上下巻)は、後世の歴史家をして「20世紀はアメリカの世紀だった」と言わしめるであろうアメリカの20世紀に光を当てる。その目的は、超大国アメリカの社会そのものの発展・変化を探ることだ。政治経済の指導者だけではなく、実際にアメリカの社会を築いてきた移民や労働者、黒人、女性など多様な人々を抱えた社会は、どのような勢力によってどのような思想で形成され、変化してきたのか。著者は現代アメリカの基盤にあったのは、「科学的合理的な方法によれば社会の問題を解決し正義が実現できるという、科学万能ともいえる考え方」=<革新主義>であると指摘する。その理念の下で組織化された社会は、大量生産大量消費に支えられたアメリカ的生活様式を多様な人々が共有することで特徴付けられてきた。が、そのアメリカが21世紀への転換点を迎え動揺している――著者はその実態を、実に様々な人々の出来事をもとに詳細に描きあげている。
アメリカの歴史を語る上で、もともとは奴隷としてアフリカ大陸から拉致されてきたアフリカ系アメリカ人(黒人)の存在を忘れることはできない。その歴史を記述する際には、黒人の側の視点にたつことは、必須であろう。『アメリカ黒人の歴史』(本田創造著、岩波新書)は、その視点を重視して書かれた良著である。捜査関係者の大半が冤罪と知りながら、つい十数年前の1987年にミシシッピ州で執行された黒人青年の死刑から端を開く本書は、人種差別を未だ克服されない現実の問題として捉える態度で、黒人史を記述している。著者は、黒人がアメリカ史の中で果たした役割を正当に評価し、たとえば、アメリカ独立戦争に黒人兵が積極的に参加したことなど、白人の視点で書かれた歴史には記述されていない事実を示した上で、こう語る。『独立戦争に多くの黒人が参加したにもかかわらず、合衆国憲法は奴隷制度を容認し「自由と平等と幸福」は黒人の前を素通りした』。
植民地アメリカのジェームズタウンに初めて黒人奴隷が拉致されてきた1619年、同じヴァージニアで植民地議会が初めて開催されている事実を、著者は重く見ている。それはアメリカの民主主義が黒人差別という矛盾した要素をその起源から内包していたことを、象徴的にあらわしているのである。
『黄金の五〇年代アメリカ』(海野弘著、講談社現代新書)は、題名の通りアメリカの50年代にスポットを当てた作品だが、モンロー、エルビス、ジェームス・ディーン、フラフープ……など懐かしいアイテムに彩られた鋭い文化論である。著者はアメリカの社会学者リースマンによるアメリカ50年代の論考を手がかりに論を進める。リースマンが指摘したのは、50年代の人々が求めているのはグッドライフであり、豊かといわれる高度消費社会で、若者は身奇麗で保守的でノンポリのサイレント・ジェネレーションとなっているという現象である。それをリースマンは<他人指向型>と名づけた。著者は、その分析がそのまま80年代の日本にあてはまることに驚き、80年代日本社会の写し絵として、50年代のアメリカを詳しく描写しているのである。
『パクス・アメリカーナの光と陰』(上杉忍著、講談社現代新書)は、前世紀初頭の大恐慌の試練を克服し世界の盟主となったアメリカの20世紀の歩みを描く。
|