テーマで探す新書ガイド 新書マップ BOOK MAP web magazine [ 風 KAZE ]
>>新書マップ検索画面へ戻る
テーマ Theme
テーマ Theme
死生観
どのような死生観を自分のものとするか、儒教的死生観、乃木希典・森鷗外・中江兆民・三島由紀夫の死生観などからみた日本人の死生観について。
関連書籍を探す
読書ガイド
 生まれてきて、生きて、死ぬ。人間が生きることの意味はどういうことなのか、忙しい日常生活をすごすうちに忘れてしまいがちだが、この哲学的な問いに対しては誰でも一生のうちに一度や二度は深く悩み考えるのではないだろうか。
『死生観を問いなおす』(広井良典著、ちくま新書)は、死生観を「私の生そして死が、宇宙や生命全体の流れの中で、どのような位置にあり、どのような意味をもっているか、についての考えや理解」と定義づけ、著者が長年悩みつづけてきた生と死の意味を、宗教、哲学、文学、科学などの分野における時間論を紹介しながら模索する。全体をつらぬく縦糸は「死生観とは時間の問題」であるという切り口。ギリシア的な円環的な時間観と死生観、キリスト教的な直線的時間観と死生観、仏教的な輪廻転生の時間観と死生観を比較して考えている。
 結論的にいえば、「死」と「私」自身の関係については、次の4つの死生観に整理できるように思われる、と記されている。(A)肉体は滅んでも「こころ」あるいは「たましい」は存在し続ける、(B)死んだら「自然」(生命、宇宙)に還り、かたちを変えて存在し続ける、(C)私自身の意識はなくなるが、かたちを変えて輪廻転生を続ける、(D)なんらかのかたちで「永遠の生命」を得る。この4つの死生観のなかで日本人は(B)に親和感をいだき、自然に還る、あるいは(C)の輪廻転生観がもっとも多いと著者は考えているようだ。多くの日本人は生を肯定的にとらえ現世充足型の人が多い、とも記す。いずれにしても「死」はおわりではない、だから安心して生の充実に向かっていけばよい、というのが著者の結論。時間というものを根源的に考えてみたい人には面白い読み物だと思う。
 少し古いが「死生観」を考えるうえで欠かせない名著が『日本人の死生観』(加藤周一、M・ライシュ、R・J・リフトン著、岩波新書)。本書は、明治維新から第二次世界大戦前後に至る、6人の日本人(乃木希典、森鷗外、中江兆民、河上肇、正宗白鳥、三島由紀夫)をとりあげ、その生と死に対する態度を、時代とのかかわりへの深い洞察とともに詳述した、日米の学者3人の共同研究。日本人のなかでもエリートに属する男性6人を選んだ基準は、その生と死が、近代日本の歴史・社会・文化を理解する上でとくに示唆に富む人物である、ということのようだ。「近代日本の知識人の圧倒的多数において、その世界観は現世的であり、所属集団に超越するいかなる価値とも関係づけられていない。(中略)日本社会の基本的な特徴は、超越的な信条をもたない個人の集団への高度の組みこまれという現象である。こういう条件のもとで死生観がいかなる形をとってあらわれるかという観点は、この本の内容の社会学的な面を一貫している」と記されている。
 本書の基底に流れる心理学的なわく組みは「死および生の継続についてのパラダイム」を提示することにある。乃木希典から三島由紀夫まで詳細な討論をへて到達した著者3人の結論は、日本人の死生観は現世主義的な世界のなかでの死であり、日本人の時間観もここにある、ということのようだ。乃木希典の屈折した心理、三島由紀夫の切腹までの道程など、緻密で密度の濃い内容は読み応えがある。
 古代日本人が信仰したのは、祖霊としての蛇であった、と記す『日本人の死生観:蛇信仰の視座から』(吉野裕子著、講談社現代新書)は、日本の古代人が畏敬の対象とした蛇信仰を通して、彼らは生と死をどのようにとらえていたのか、その死生観を独特の視点から解説する。
『家族の思想:儒教的死生観の果実』(加地伸行著、PHP新書)は、祖先からの<血の連続><生命の連続>に最大の価値をおく儒教的死生観こそが、日本人の家族の思想の根本であり、日本人の拠りどころとすべき精神であると論じる。『輪廻転生を考える : 死生学のかなたへ』(渡辺恒夫著、講談社現代新書)は、「私はどこから来てどこへ行くのか」という問いを、果てしなく探求し、輪廻転生観の歴史上の起源を探り、その発展を追う。
ウインドウを閉じる
<< PAGE TOP