1990年代の前半から21世紀に入ってなお、日本は不況がつづき、デフレに悩まされている。失業率は高まり、雇用調整という名のリストラは進む。株価は低迷し、金融機関をはじめとして企業は不良債権の処理に追われる。いったい、どうしてこのような事態になってしまったのか。これを乗り切るためにはどうしたらいいのか。
問題をさかのぼれば、バブル経済に行き当たる。バブルから不良債権問題、そしてデフレは一連の流れになっている。1992年に出版された『複合不況』(宮崎義一著、中公新書)は、当時早くもバブルの発生と崩壊のメカニズムをアメリカ経済の破綻からはじめて実証的に分析している。
ここで言われた不況は、その後の住宅専門会社(住専)の破綻と公的資金の投入(95年)や北海道拓殖銀行と山一證券の経営破綻(97年)、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行の破綻、国有化(98年)など、怒涛のように押し寄せる日本の金融システムの混乱を見ても分かるように、とどまるところをしらない。この不良債権の処理の不手際に象徴される日本の金融システムの在り方について、政治、行政、金融界の抱える欠陥についての論議が盛んになった。
もっとも批判的な視点からとらえているのが、『「借金棒引き」の経済学』(北村龍行著、集英社新書)と『長期停滞』(金子勝著、ちくま新書)である。前者は、金融機関のゼネコンに対する債権放棄(負債の棒引き)や行政と金融機関のもたれ合いから生ずる国家規模での"借金帳消し"を中世の徳政令になぞらえて批判する。
後者は、不良債権処理が進まない原因を金融監督庁が金融機関経営者の責任回避行動を助ける役割を演じているためとする。不良債権に対して厳格な査定をすると同時に、当事者の責任を明確にした上で、公的資金を一気に投入することを主張。ただし、その一方で、社会的な影響を抑えるために、雇用、年金などの社会保障政策を改革すべきだという。この点は、金子氏の別著『セーフティーネットの政治経済学』(ちくま新書)に詳しい。
『金融システムの未来』(堀内昭義著、岩波新書)もまた不良債権問題発生のメカニズムを説き、その処理の遅延の原因を日本の金融システムそのものがもつ欠陥に求める。不徹底な自由化であり、これをもたらしているのがやはり行政と金融機関の利害関係だと示す。天下りがその最たる例で、天下りと銀行経営の不健全性との相関関係を具体的に数字に表しているところが興味深い。『金融行政の敗因』(西村吉正著、文春新書)は、バブル崩壊後に大蔵省銀行局長をつとめ、96年に退官した著者が、文字通り金融行政担当者の立場から、その「敗因」を整理したもの。
不良債権処理が必須というのが世の常識のように言われていることに異議を唱えるのが『誰のための金融再生か』(山口義行著、ちくま新書)。中小企業の側から見て、公正な金融業務が制度的に保証されることなくして、ただ不良債権の処理を急げば、貸し渋り貸し剥がしにより中小企業、中小金融機関は破綻すると警鐘を鳴らす。
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