モダニズムの「大きな物語」が崩壊して以来、文学、美術、音楽といった芸術分野では、新たに大きな潮流を生むことなく、求心力を失い、閉塞状態に陥って久しい。そのような中で燦然と輝きを放ち、現在最も活気のある芸術表現を創造しえているのは、唯一舞踊の世界ではないだろうか。肉体性を消失してしまった諸芸術へのアンチテーゼを示す現象とも理解できよう。
ここでは、民族的な意味での舞踊ではなく、芸術における舞踊をテーマに取り扱った各書を紹介する。まず、第一に芸術における舞踊として言及しなくてはならないものは、バレエであろう。『食わず嫌いのためのバレエ入門』(守山実花著、光文社新書)は、バレエ鑑賞のためのガイドブック的な内容となっている。チャイコフスキーの3大バレエや「ジゼル」「ラ・シルフィード」といったロマンティック・バレエなど古典の定番作品の概要や見所、プティパからマッシュー・ボーンまで第一線で活躍するダンサーや振付家の解説、さらには国内外の劇場に至るまで紹介されている。また観劇の心得なども記されているので、鑑賞のお供に便利な1冊である。『バレエの魔力』(鈴木晶著、講談社現代新書)も同様にバレエ入門書の形式で書かれ、親しみやすい文章で解説されているが、バレエの歴史や芸術的な魅力に主眼がおかれている。著者の語るバレエの魅力を一言で要約するならば、それは「究極の飛翔の芸術表現」ということであろう。
以上の2冊は入門書の要素の強いものであるが、『バレエの宇宙』(佐々木涼子著、文春新書)はそのタイトルどおり、バレエという芸術の全体像に迫ったコンパクトな良書である。現代のバレエダンサーの魅力を語ることから始まり、バレエの概念、歴史、地域性といったテーマを豊富な知識と的確な視点で解説してゆく。例えば、バレエダンサーの特質とは、才能と技術によって観る者に「幻覚」を引き起こし、観客の眼に生身の肉体を超えた肉体を投影することにあると定義する。また、フランス文学者である著者は、バレエを文学になぞらえ文学の構造とバレエの構造を並置することでバレエの美学を論じてゆく。
次に我が国の舞踊に触れておく必要があろう。『日本の舞踊』(渡辺保著、岩波新書)は能の舞、歌舞伎舞踊、日本舞踊といういわゆる日本の古典舞踊を扱った書物である。第一部では舞踊における用語や基礎知識、さらには歴史を解説し、第二部では、昭和から平成に活躍した能、歌舞伎、日本舞踊の7人の名人を取り上げ、その舞台での偉業を語る。専門的な分析にとどまらず、印象批評も交えているので、初心者にも名人たちの舞台の至芸が充分に伝わってくる。残念なことに、これらの名人はすでに故人となっているため、現在舞台を実体験することは不可能となってしまった。
最後にアカデミックな見地から1冊を挙げる。『身体の零度』(三浦雅士著、講談社選書メチエ)は、身体論から舞踊を論じた必読の書である。著者の三浦氏は著名な文芸評論家として知られているが、『ダンスマガジン』(新書館)の編集も務め、舞踊の研究にも大変な力を注いでいる。当書は読売文学賞の評論・伝記部門を受賞しており、手軽に購入できる名著である。第四章の「動作」では、今日定説となっている、農耕民族の身体と遊牧民族の身体の違いから発展したそれぞれの舞踊様式の相違を論じている。また特に、第四章「動作」、第五章「軍隊」、第六章「体育」、第七章「舞踊」は、現代の舞踊表現の成立を知る背景として興味深い内容となっている。
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