「消費」とは何かを買うことだが、教育や道路や行政サービスも、金を払うという意味で消費だ。わたしたちの大半の活動は「消費行動」である。「消費」は経済学の枠組みで語られてきたが、旧来の経済学は、消費を極度に単純化し、生産(供給)を主体に理論化されてきた。バブルが崩壊し、数多くの経済学者、あるいは社会学者たちもその経済学の欠陥を指摘している。その論調はいずれも旧来の経済学的分析が「消費者不在」だというもの。もはや「大量生産、大量消費」ではないことはだれしも実感しているし、「消費不況」という言葉があるように、経済全体の問題が消費行動にかかっているという見方も強い。多くの論者が、では消費はどこへいくのか、消費主体の経済をどう改革するのか、という問題意識で議論している。
『日本人の消費行動』(牧厚志著、ちくま新書)は、旧来の経済政策が、基本原則である「効率と公正」からなる「経済学的世界観」を守らなかったことが問題だという指摘からスタートする。その上で、戦後からバブル崩壊へ至る日本の消費行動の変化を経済データから分析。経済学的世界観を軽視した日本経済のひずみを描く。そして、いかに消費者主権の経済にすべきかという提言がなされる。経済学の知識がない読者にも配慮されたわかりやすい議論であり示唆に富む。
『消費資本主義のゆくえ』(松原隆一郎著、ちくま新書)も、欧米と日本の消費行動の変遷を経済学をベースに分析しながら、旧来の経済学の枠組みから見た「現在の不況についての通説」が誤りだと指摘する。そして産業主体の日本経済がたどりついた現在が「コンビニ」だと分析。そこから脱し、消費を主体とした経済、「消費資本主義」を提唱する。消費に関する縦横な分析は読み応えもあり、経済学の入門にもなる。
『現代社会の理論』(見田宗介著、岩波新書)は、社会学の重鎮による情報化・消費化社会の分析。近代の資本主義社会が情報化・消費化を迎えて抱えた多くの問題点を指摘しつつ、「情報」の活用により市場システムの不備を転回し「個人の幸福」にいたる消費社会を達成するという鋭い見識を提示する。社会学の論理展開になじみのない読者にはやや難解な議論も多いが、環境問題や南北問題にもふれる分析は一読の価値があろう。
『複雑系としての経済』(西山賢一著、NHKブックス)は、科学分野で発展した「複雑系」の考え方を導入して経済学そのものを見直そうというもの。特に旧来の経済学では無視されてきた「消費」と「技術」を、人間の主体的な営みとしてとらえて経済を見る新たな方法を提唱する。経済とはわたしたちが「生きる舞台」であるが、その様相を大学での講義のように明快に論じた一冊だ。
消費は、もちろん社会や経済という枠組みからのみとらえるべきものではなく、個人の消費行動の観点から考えることも重要である。『売れ筋の法則』(飽戸弘著、ちくま新書)は、社会心理学の立場から消費行動を分析する著者が、個人のライフスタイルを考慮したマーケティングについて研究してきた成果をまとめたものである。ファッションや食、住居や余暇などさまざまな領域についてライフスタイルと消費の関連が描かれている。現代消費者の姿とその消費行動についての実態をデータから知ることもできる。
また『動物化するポストモダン』(東浩紀著、講談社現代新書)はアニメ・ゲーム等「オタク系文化」に焦点をあて、現代の文化消費が「データベース消費」になったという、若手批評家の旗手による分析である。おもに情報化の進展と文化の関係をあつかっているが、『現代社会の理論』や『日本人の消費行動』にも通じる優れた消費行動分析でもある。若者を中心とした消費者のライフスタイルがどう変化したかを読み解くのに貴重な論だ。
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