紀元前3500年ごろにチグリス、ユーフラテスという二つの川の間に栄えたメソポタミア文明、そして紀元前19世紀から17世紀に栄えた古バビロニア王国は、ともに近代になって誕生したイラクという国家のなかにある。つまり、イラクには多くの歴史的遺産や遺跡がある。
これらのいくつかは、2003年のアメリカのイラク攻撃に伴い破壊あるいは消失するという悲劇を招いた。が、それ以上に悲劇だったのはサダム・フセインという独裁者をもった不幸なイラク国民のなかから一万数千人を超えるともいわれる犠牲者が出たことである。なぜ、イラクはアメリカからこのような攻撃を受けるようになったのか。サダム・フセインの統治したイラクとはどんな国だったのか。
『イラクとアメリカ』(酒井啓子著、岩波新書)は、イラクの誕生からはじめアメリカがイラク攻撃を行う前年までの「イラクの現代史」をまとめたものだが、単に史実を追うのではなく、アメリカの中東戦略(とくにペルシャ湾岸での戦略)をはじめイラク周辺諸国との関係からとらえている。そもそもイラクという国は、第一次世界大戦の戦後処理の一環として1921年に、それまでオスマントルコであった地の一部にイギリスが人工的に誕生させた。
イギリスによりメッカ出身のファイサルが国王となったイラクは、イギリスの委任統治のあと王国として独立。しかし、共産主義やアラブ民族主義が台頭し、58年には共和制革命がおこり軍事政権となる。その後イスラム的社会主義ともいうバアス(バース)党が政権を握るが、一貫して反米・親ソの路線をとってきた。
一方、国内的には宗教的な対立問題(対イスラムシーア派)や民族問題(対クルド民族)や国境問題によりイランと緊張関係が続きイラン・イラク戦争に踏み込む。そしてこの間アメリカは石油利権の安定化から当初はイラクを警戒していたが、イラン革命が起きると、革命を押さえるためイラクに接近しフセインを利用するまでになった。それがイラクのクウェート侵攻で今度はまた自らの石油利権を危惧し湾岸戦争となった。
次にイラクへの経済制裁が始まり、さらに大量破壊兵器などの査察が行われるが、これが行き詰まるなかで「9・11」が起こる。イラクはテロを支持するような反米路線を貫き、アメリカはイラク攻撃へと傾いていく。こうした間の事情をイラク研究を長年続けてきた酒井氏は客観的にかつ緻密にとらえ、アメリカをはじめ先進国と湾岸諸国が自らの利害を考えイラクを大国化へ導いた点を明らかにする。と同時に単純な反フセイン、反米という視点の危うさを説く。
『アメリカのイラク戦略』(高橋和夫著、角川oneテーマ21)も、イラクの現代史と周辺諸国の置かれた不安定な情勢を解説。アメリカがイラクへの武力行使に踏み切る理由について推察する一方で、いかにアメリカが自国の権益のために対イラク政策を変更したかを批判。対イラン政策のためイラクに対して生物・化学兵器の材料を輸出していたことなどについて憤怒の感情を隠さない。
アメリカのイラク攻撃前にイラクのまちや人々の様子をレポートしたのが『イラク』(田中宇著、光文社新書)。イスラム地域史などが専門の山内昌之著の『民族と国家』(岩波新書)は、イスラムの歴史から民族、国家をとらえイラクについてもふれる。
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