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政治家とメディア
田中真紀子、石原慎太郎、田中康夫、小泉純一郎など、人気政治家がワイドショーでもてはやされ、さらにその人気を高めるという奇妙な社会現象を起こしているワイドショー政治時代の政治を考察する。
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読書ガイド
 現代社会はテレビメディアの深刻な影響下にある。社会に影響力がある、有名であるということはテレビに出ていることと同義となりはてていて、それは政治の世界でも同じである。テレビ受けのいい政治家が人気を得、実力を持つようになっている。ワイドショー政治といわれ、アイドル政治家が誕生する。そうした実態はどのようにして作られているのか。アイドル政治家とはどのような人々なのか。
『総理大臣とメディア』(石澤靖治著、文春新書)は、政治家とメディアの関係を検証する。俎上に載せられるのは、小泉純一郎、田中真紀子、鈴木宗男、辻元清美ら、ワイドショー政治の主役たちである。メディア、特にテレビメディアの関心は、誠実な報道ではなく視聴率であり、そこでは視聴率の取れる政治家がもてはやされ、また、視聴率が取れるように政治家は演出され、役柄を押し付けられる。<田中真紀子と鈴木宗男の闘いが、田中の圧勝に終わったのは、メディアが田中を善玉、鈴木を悪玉という分かりやすい構図で捉えて報道したからであり、そのメインステージはワイドショーだった><辻元清美の失敗は、視聴者には「強者」と印象付けられた自分に気づかず、秘書給与の詐取ぐらいは許される赤貧代議士=「弱者」として振舞ったこと>などと、著者は近年のテレビメディアを舞台にした政治ショーを分析する。著者はまた、小泉首相の人気の秘訣はテレビを意識して分かりにくい政策論争を避け、「改革なくして成長なし」といった単純なフレーズで、中身ではなく改革への意欲だけを強調したところにある、という。飯島秘書をブレインとした小泉は、首相就任後も、毎日テレビで会見したり、ワイドショーやスポーツ新聞などこれまで総理大臣が眼中に入れていなかったメディアを活用したりと、メディア戦略で他を圧倒し続け、高い支持率を保っている、と指摘している。
『ワイドショー政治は日本を救えるか : テレビの中の仮想政治劇』(藤竹暁著、ベスト新書)は、アイドル政治家やワイドショー政治を生み出したメディア・ポリティクスの歴史を、おもにアメリカを舞台にたどる。ラジオ番組を利用してニューディール政策を成功させたルーズベルト、大統領選史上初めてのテレビ討論で圧勝したJ・F・ケネディ、日本では最初にテレビを意識的に活用し人気を得た中曽根、テレビの生出演で失敗した宮沢などを取り上げている。小泉首相の人気を、著者はワンフレーズ・ポリティクス、と見る。メディア・ポリティクスの時代には、善悪は別として、核心を突いたワンフレーズこそが、政治家と国民を繋ぐ絆となっている。しかし、ワンフレーズが力となるのは、政治家があらゆる分野で自分の言葉で話すことができる実力を持っていることが条件となり、その力のない政治家は所詮消えていく運命にある、というのが著者の見解である。
 テレビでもてはやされているアイドル政治家とは、いったいどのような人々なのか。『アイドル政治家症候群 : 慎太郎、真紀子、康夫、純一郎に惹かれる心理』(矢幡洋著、中公新書ラクレ)は、精神医学の視点に立った、ユニークな人物論で、政治のアイドルたちを切って捨てている。人格障害理論に依拠して政治家の人物論を展開するのであるが、著者が繰り返し、「人格障害とはいえない」と断っているのとは裏腹に、俎上に載せられる人々はほとんど病的な人々という印象を受ける。さらに、分析の材料はすべてメディアから得た資料であり、著者が直接面談したり、取材したりといったことはないため、資料の信憑性に疑問が残る。そうした欠点はあるが、内容は、抱腹絶倒で大変面白い。
 田中康夫は「演技性パーソナリティー」で、他人の注目を求めるのがその本質である。その視点から見ると、ガラス張りの知事室、脱ダム宣言、直接対話などの田中の施策はすべて一貫性をもって理解できるという。演技性性格者の別の特性は「考えない」ことで自己防衛することであり、粘り強い思考作業が不得手で長期的な戦略に興味を示さない演技性性格者に知事としての資質があるか疑問を投げかける。田中真紀子は「否定性パーソナリティー」で、その特徴は不機嫌で気分屋、気まぐれなどの「易変性」と「不安定性」だという。真紀子には「言動に一貫性を保たなければならないという意識が欠落している」のであり、自己統制を維持することができない。重要な会談のドタキャン、支離滅裂な国会答弁、秘書や官僚への強権的態度などはどれも、このパーソナリティーで説明できる。否定性パーソナリティーの人物は一見すると、権力者になびかない気骨の人に見えることが多く、田中真紀子の人気の源泉はそこにあるが、批判者としての毒舌の才があるだけで、論理的思考力が欠落している真紀子には、明確な政治理念はないと批判する。石原慎太郎は「反社会性パーソナリティー」と「加虐性パーソナリティー」のブレンド。欲求がすぐに満たされることを望み邪魔者は取り除く、周りを敵と見るといった特徴を持ち、モラルを軽視し、危ない橋を渡ろうとする傾向がある。一か八かの外形標準課税、「三国人」など確信的に繰り返される差別的発言、アメリカや朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への挑発的な敵視、愛人と隠し子の存在を認めながら、親子の絆を訴える厚顔などが、二つのパーソナリティーによって説明される。仮説であり、批評されているのはいずれも権力者だが、ここまで言っちゃっていいの、というぐらい、手厳しい。
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