かつては「中年」というくくりしかなかったのが、なぜ「中高年」が生まれたのかといえば、それは紛れもなく超高齢社会を迎えて人生の幅が広がり、かつての「老年」という概念ではとらえられない層が登場したからだろう。その層と中年をあわせたのが「中高年」であり、さまざまな意味で話題となっている。
バブル経済崩壊以後、企業はリストラという名の人材の合理化を進め、その対象となったのが第一に中高年であった。不況の煽りをまっさきに受ける世代である。また、企業にとどまっていてもこの世代は、責任ある地位にあり精神的な負担は大きい。それでいて、自分の行く末がだいたい見え、かつての理想や夢と現実のギャップに悩む。さらに家庭においては、一般に成長する子どもの教育に手を焼き、夫婦間では相対的に自立する妻との関係のあり方に戸惑ったりする。
厳しい社会的な環境を背景にして、中高年(主に男性)の抱えるこうしたさまざまな精神的問題や心の病は、中高年の大きなテーマである。『仕事一途人間の「中年こころ病」』(高橋祥友著、講談社+α新書)と『中高年自殺』(同、ちくま新書)は、精神科医である著者が、臨床体験や実例をもとに専門的立場から、こころの病の現状とそれに対する処方箋を述べる。日本の自殺者が3万人を超え、中高年者の占める割合が増えている現状で、自殺の兆候やそれを未然に防ぐためのケアの仕方を具体的に示す。
『「こころ」の出家:中高年の心の危機に』(立元幸治著、ちくま新書)は、おなじ中高年のこころの問題をテーマとしながらも文学的なアプローチを試みる。徒然草の吉田兼好、心理学者ユング、俳人の種田山頭火、「森の生活」の著作で有名なH.D.ソロー、といった4人の人生、思想を追いながら、人生のこころの危機をどう乗り切るかを考える。こころの出家とは、具体的な生活は変わらなくてもこころの持ち方を変えることを意味し、"出家"によってそれまでとちがった人生を歩むことを勧める。自分なりの時間軸をもち、環境に左右されない道を歩むための心構えを説く。
厳しい現実にどう立ち向かっていったらいいか、幸せになるためにはどうしたらいいかなどを著者自身の体験からエッセイ風にまとめたのが『中年よ、大志を抱こう!:不況、リストラに打ち勝つ53の知恵』(堀田力著、PHPエル新書)。老いてなお人生に前向きで充実している人によるこの種の生き方論はよくあるが、見方によっては成功者の高説に思われることがある。これに対して、団塊の世代を中心にした中高年の抱える良くも悪くもありのままの実態と問題を、軽妙な語り口で論ずるのが勢古浩爾著の『おやじ論』(PHP新書)と『ぶざまな人生』(新書y)。ときに笑わせ、ときにペーソスを交えた語り口と「あるがままの中高年としての自分を受け入れるしかない」という謙虚な姿勢が印象に残る。
『中年男に恋はできるか』(小浜逸郎、佐藤幹夫著、新書y)は、援助交際、不倫など現代の性愛や恋愛をめぐる状況を、思想家や文学者の考えなどに触れながら二人の著者の対話形式で著す。
中高年にとって肉体的、精神的な衰えにどう対処するかも一つの問題だが、『生涯発達の心理学』(高橋恵子、波多野誼余夫著、岩波新書)は、乳児を対象に発展してきた発達心理学の研究を中高年にあてはめて考察した書。専門知識や経験で優位にたつ中高年層、老年層は、衰えるだけでなくその年代ならではの有能さを持っているとし、従来の老化に対する一般論に一石を投じている。
|