沖縄は太平洋戦争で、日本で唯一の地上戦を体験した。2ヶ月超に亘った激戦で、20万余の人々が亡くなり、非戦闘員だった沖縄県民の犠牲者は12万人を超えた。沖縄戦を住民として体験した反戦運動家の阿波根昌鴻は、「どんな悪魔であっても戦争ほどひどいことはできない、どんな地獄であっても戦場には及ばない」と記している。沖縄戦では、米軍に捕まると拷問の挙句殺されると信じた親たちが自らの手で子を殺したり、友軍であるはずの日本兵が住民を虐殺したりという事態まで起こっている。沖縄戦で起こったことは、どのようなことだったのか。
『沖縄の旅・アブチラガマと轟の壕』(石原昌家著、集英社新書)は、20年以上に亘る地道な聞き取り調査により、「アブチラガマ」と「轟きの壕」の2カ所の地下基地・避難所で起こった出来事を綿密に再現することで、沖縄戦の一端と真実を後世に伝える。さんご礁の沖縄には、自然にできた地下洞窟がたくさんあり、戦時中は、そこに軍の基地や病院、住民の避難所が作られた。中でもアブチラガマは全長200メートル近くに及ぶ巨大な地下基地だった。地下壕には多数の傷病兵が担ぎこまれ、ひめゆり学徒隊が看護に当たっていた。彼女らの証言が、阿鼻叫喚の生き地獄の模様を再現する。麻酔もない手術で腕や足を切断されるもの、破傷風にかかり傷口から吹き出てくる蛆虫を払いながら息絶えていく若い兵士、一日中兵士たちの欲望に身を任せた朝鮮人慰安婦たち、沖縄の人々をスパイ視し、住民の命より作戦命令の遂行を重視し横暴に振舞う軍人…。その証言の一々が、戦争と沖縄戦の真実を物語っている。
『ひめゆりの沖縄戦:一少女は嵐のなかを生きた』(伊波園子著、岩波ジュニア新書)は、ひめゆり学徒隊員だった著者の戦争体験記である。ひめゆりとは、沖縄県立第一高等女学校と沖縄師範学校女子部の総称で、戦時動員された両校の学生をひめゆり学徒隊と呼んだ。動員から、南風原陸軍病院での傷病兵の看護、病院からの脱出と米兵を恐れての逃亡、自決するか否かの決断--当時18歳だった少女の目を通して、沖縄戦の実態を記している。
沖縄は、戦後アメリカの占領下に置かれた。1970年の復帰後も米軍基地の存在が沖縄の人々を苦しめ、争いの種にもなっている。『命こそ宝:沖縄反戦の心』(阿波根昌鴻著、岩波新書)は、米軍が最初に上陸した伊江島で沖縄戦を体験し、戦後、反戦地主として基地反対闘争の先頭に立ってきた阿波根の「21世紀への遺言」とでも呼ぶべき著書である。闘争を始めたばかりのころ、世界人権連盟議長ボールドウィンに著者は尋ねる。「日米両政府はわしらの土地を取り上げて、核戦争の準備をしておりますが、これを止めるにはどうしたらいいか?」「みんなが反対すればやめさせられる」との答えが返ってきた。以後、阿波根はこの言葉を支えに、反対闘争を続けた。『沖縄 平和の礎』(大田昌秀著、岩波新書)は、琉球大学教授から沖縄知事に転身した著者の発言集である。大田は、沖縄戦での戦没者を日米を問わず徹底調査し平和記念館に「平和の礎」を建立しその名を刻み、また、沖縄県知事が続けてきた米軍基地に土地を提供する契約の「代理署名」を拒否した。その大田の原点と、心情、思想が綴られている。
『戦争と沖縄』(池宮城秀意著、岩波ジュニア新書)は、沖縄戦の実態と全体像を分かりやすく解説した上、琉球王朝成立から島津藩による侵略、廃藩置県と琉球処分、さらには戦後の沖縄復帰までの沖縄の歴史を伝える。
|