世界に9億人にのぼるといわれるカトリック教徒の頂点に立つローマ法王とは、いったいどのような存在で、どのような権力や影響力を持っているのか。ヨーロッパの近代国家が成立するはるか以前から、欧州の文化や精神の中核に、厳然と存在し続けてきた法王を知ることなくして、欧米を理解することはできない。
現代のローマ法王と、その歴史を知るには『ローマ法王』(竹下節子著、ちくま新書)が、適書である。著者はカトリック史を研究する比較文学の専門家で、カトリック教徒でもその批判者でもない、信仰上はニュートラルな位置から、「法王」という存在を様々な視点から解説している。ローマ司教をはじめ西欧総大司教、ヴァティカン市国元首、全カトリック教会最高司祭、使徒ペテロの後継者、イエスキリストの代理者など様々な肩書きを持つ法王は、世界の政治や経済にも大きな影響力を持っている。J・F・ケネディがカトリック信徒だったことは有名だが、イギリスのブレア首相夫妻、ドイツのコール前首相ら多くの政治家がその影響下にあるという。また、全世界の教会を通じて様々な情報が集中する法王が、キューバ危機、ポーランドの民主化など、直接の政治力を発揮してきた歴史もある。その法王の実態を、法王の一日といった日常のことから、法王庁やヴァティカン市国の仕組み、法王の選出法、さらには初代教会時代の法王権の確立期からその盛衰といった歴史、そして現法王、ヨハネ・パウロⅡ世の活躍まで、基本的な情報を余すことなく紹介している。ヨハネ・パウロⅡ世が、ナチスドイツによるホロコーストに対する教会の沈黙をはじめ、十字軍による侵略の反省、ガリレオ糾弾の取り下げなど、過去の教会の過ちを公式の文書で94回も認めているという記述は、未来を見据えたカトリック教会のあり方を伝えていて、興味深い。
『ローマ法王の権力と闘い』(小坂井澄著、講談社+α新書)は、元修道士の著者が、カトリック教会に対する批判的な立場から、19世紀末から現代に至る10人の法王の、出自と選出の経緯からその功罪までを詳しく検証する。19世紀末にイタリア王国によりすべての領土を失ったカトリック教会にとって20世紀初頭は困難な時代にあった。そうした中で選択された、ムッソリーニとの結託、ナチスの蛮行に対する沈黙などを、著者は厳しく批判する。一方、法王の選出過程における権謀術数や暗殺説をめぐる暗闘など、聖所における人間臭いドラマや、歴代法王の人柄を示すエピソードなど、興味深い話に溢れている。
『ローマ教皇検死録 : ヴァティカンをめぐる医学史』(小長谷正明著、中公新書)は、神経内科医の大学教授が、野次馬的好奇心から、歴代法王の死因を探る。法王庁に残る文書などから、たとえば、14世紀初頭、フィリップ4世の手先に殴られ拷問を受けたポニファティウス8世が、救出後に憤死したとの記述を基に、頑固な性格と68歳の高齢を考えると、動脈硬化が強く慢性硬膜下血腫が死因――などと想像をめぐらす。就位直後に変死した前法王ヨハネ・パウロI世の暗殺説や現法王の暗殺未遂事件の顛末など、スリリングな話も多い。古文書から法王の死因に想像をめぐらす記述も楽しいが、その背景説明はなお秀逸だ。暗殺された法王が数知れずいて暗殺に日々怯えていた法王、惚れた女に求められて退位しながらふられた後に復位した法王、女狂いでたくさん子どもを生んだ挙句子どもを枢機卿に任命した法王、つなぎのために病身で選ばれた法王――などなど、法王の死をめぐり、歴代法王の意外な姿を、野次馬ならではの遊び心で垣間見せてくれる。
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