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江戸時代の結婚・家族・女性
江戸時代の人々は何を基準に嫁や婿を選び、どのような結婚式を挙げていたのか、結婚は社会的にどのような意味を持っていたのか。結婚、離婚、子育てなど、江戸時代の家族について解説する。
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読書ガイド
 随分前から、さまざまな歴史学者が口を酸っぱくして強調していることだけれども、江戸時代の社会の実態は、もの凄く誤解されているそうである。たとえば、江戸時代といえば「貧しい農村」である。民百姓は厳しい年貢に苦しみ、喰うに事欠き、赤子は間引きされ、娘は苦界に売られていく、と相場は決まっている。
 確かに、飢饉ともなればそういうこともなかった訳ではないけれど、実は相当に豊かな百姓もいたのであって、そもそも百姓イコール農民との古い研究者の先入観が江戸時代観を誤らせてきたと、歴史学者の網谷善彦氏などは強調されている。が、悲しいかな、教育やテレビの力というものは恐ろしいもので、今さらそんなことを言われても、小学校や中学校で習った歴史や『水戸黄門』が描く歴史像からは、なかなか抜け出すことができないのである。元禄の世を謳歌した町人文化など一時期の都会は例外としても、日本の江戸時代は、ヨーロッパの中世のように暗黒の時代だと多くの人々にはイメージされている。
 女性の地位についてのイメージも例外ではない。封建制度と男尊女卑の思想に女性は虐げられ続けてきたのであって、その出発点は江戸時代にあったと理解されている。が、これは大きな間違いである、ということをさまざまな角度から証明しようと健筆を振るっているのが、これから紹介する新書群である。
『三くだり半と縁切寺 : 江戸の離婚を読みなおす』(高木侃著、講談社現代新書)は、江戸時代の離婚事情を検証することで、経済力を持ち男性と対等の力を持ってしたたかに、ときにはちゃっかりと、生き生きと生きていた女性の姿を描いている。さまざまな資料から高木氏が探し出している女性は、養蚕や機織で現金収入を得て一家の稼ぎ頭として夫を養う女房であり、三くだり半を突きつけられても居座る女房であり、夫の意に反して婚家から飛び出す女房であり、婿養子を追い出す女房である。
 そもそも、江戸時代には離婚はタブー視されておらず、武家夫婦の10組に1組は離婚していたというのだから、驚きである。江戸時代と地続きだった明治前期の離婚率(人口1000人に対する年間離婚件数)は約4%であり、離婚が急増したと言われる現代の2.1%(2000年)の2倍という数字である。
 三くだり半というのは、離婚の際に夫から妻に発行される離縁状であるため妻が夫に捨てられるというイメージが強いが、実は、三くだり半とは離婚証明書兼元夫からの再婚許可証であったという。建前上(法的に)は離婚の決定権は男性にあったため、離婚の際に夫が妻に突きつけるというイメージが定着しているが、女性にしてみれば、再婚するためには三くだり半は是非必要なものであり、嫌がる夫に無理やり書かせるというケースもあったというようなことを高木は記している。
 さらに江戸時代にも妻からの離婚請求が条件付きで認められている。夫が妻の財産を勝手に処分した場合のほか、別居、音信不通など事実上の離婚状態が3、4年続いたときという条項もある。妻と夫の財産は別のものと考えられており、離婚には原因を作ったほうが支払う慰謝料も伴う。建前上は妻の不倫は死罪という時代だが、妻の不倫はありきたりなことであり、大概は金で解決されていたらしい。そこには、女性の権利が以前と比べれば向上してきた現代をそっくり写し出したような状況があったようなのである。
 高木氏による『三くだり半 : 江戸の離婚と女性たち』(平凡社ライブラリー)には、さらに詳しく「三くだり半」から垣間見える江戸時代の女性像が記されている。
『江戸の花嫁 : 婿えらびとブライダル』(森下みさ子著、中公新書)は、結婚事情を通して、江戸時代の社会と女性像を描写する。森下が描く江戸時代もまた、婚前交渉など以ての外、夫の顔も知らぬまま結婚するのが当たり前だった戦前とひと続きと疑っていない者にとっては、驚きの連続である。
 現代でもそうした側面が強く残っているが、江戸時代において結婚は個人の結びつきではなく、家と家のものであり、恋愛などという甘っちょろいものが入る余地はなく、勝れて現実的なものであった。現実的とはつまり、経済的ということなのである。その実態を森下はさまざまな事象を紹介することを通して描いている。
 農村では女性は貴重な労働力と子供という財産を生み出す性として期待されている。結婚後に体が弱く子供が産めないでは済まされない。ものの道理としてまず事実婚があって、嫁として問題はないということを確かめてから、嫁入りということが順序であったという。よって、婚前交渉など当然なのである。
 武家や商家の結婚となると、持参金が大きな役割を果たす。嫁入りには持参金や田畑の財産を伴うのが普通で、これが結婚の決め手となっていた。離婚時には妻に返済しなければならないので、結婚も離婚も持参金次第だった。嫁が原因を作った離婚の場合は持参金返済の義務はないから、何かと難癖をつけて離婚を繰り返し、持参金で一儲けする輩までいたという。誰もがより良い条件で結婚したいと思うから、仲人を生業とするブローカーも活躍していた。手数料は持参金の10%が相場だったのだそうだ。
 江戸時代ってそうだったの? という驚きよりは、江戸時代もそうだったの? と、封建時代も民主主義の世の中も、人間社会の価値観というものは存外変わらないものであるな、などと感想を持たせてくれる作品である。
『江戸の恋:「粋」と「艶気」に生きる』(田中優子著、集英社新書)は、歴史解説書というよりは、出色の恋愛論、恋愛物語論である。江戸時代に書かれた戯作をテキストに、恋愛や心中といった事件を紹介しながら、著者独自の世界に誘ってくれる。「物語は結ばれるまでの度重なる試練について語られるのであって」結末はちょっとした違いに過ぎない。「恋の中心課題は常に『過酷な試練』なのだ」「恋の物語は、主人公たちがそこそこのしたたかさを持った賢い人たちだと物語にならない」——などなど。
 著者は、自らの恋愛体験談を媒介に、江戸時代と現代の時間的な距離を見事なまでに消し去り、江戸の恋を現代の物語として再現もしてくれる。もちろん、具体的な事件の紹介により江戸時代の事情もよくわかるような仕掛となっている。
 育児書が溢れ、子を溺愛したのも、現代の特徴ではなく江戸時代からの伝統だったそうだ。江戸末期に日本を訪れた西欧人は、その溺愛ぶりに驚愕したのだという。『江戸の子育て』(中江和恵著、文春新書)は、家康以下、儒学者、医師などによる数多くの子育ての書から、江戸時代の教育論をみる。『江戸の親子:父親が子どもを育てた時代』(太田素子著、中公新書)は、江戸時代の特徴を「父親が子どもを育てた時代」という。「家」の継承に重きをおく社会では、子育てはいわば「公」のことであり、女を教導して良き子育てをすることこそ家の最高責任者たる男の義務だった。土佐藩士の記した『燧袋』をテキストに、江戸後期の家族と社会の実態を描く。
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